二十代後半、私は初めての異動を経験した。
2校目に赴任した学校では、野球部が転換期を迎えていた。
顧問をする野球経験者がおらず、荒廃した部であった。
野球部といえば、男子の花形であった当時。
その学校では、運動が苦手な生徒でも入る部となっていた。
私が赴任すると、最上級生の三年生には、幽霊部員なるほとんど練習に来ない者もいた。
その部員を入れても4人しか三年生はいなかった。
ところが…2年生は9人。
ちょうど、野球のチームができる人数が揃っていた。
それには理由があった。
この二年生の保護者、父親に野球経験者が複数おり、地域の少年野球のチームを結成していた。
三年生が引退した後、公式戦で1勝も出来なかった本校。
二年生9人で完成されたチームは破竹の連勝を続けた。
野球経験者の父親達が作り上げたチーム。
技術的にも能力的にも高かった。
だが、中学校野球を知らなかった。
地域のチームとして、練習試合をしても、いい試合はするのではあるが、勝ちには繋がらなかった。
その理由は、「采配」
高校野球経験者の父親達の采配は、高校野球、プロ野球のものだった。
中学校野球はミス待ちの要素が高い。
特に地域の大会では、そうそうレベルは高くない。
ランナーが出れば、バントで内野を掻き乱し、ミスを誘う。
特にランナー2塁は絶好のチャンス。
三塁前にバントをすれば、ベースから離れられない三塁手に代わり、ピッチャーがバント処理に行く。
三塁線ギリギリの送りバントをピッチャーが取りに行く。
内野安打になったり、ピッチャーが暴投したり。
ランナーが一、三塁に残り、次の投球で、一塁ランナーが盗塁。
ランナーが二、三塁になり、そこでスクイズ。
またここでミスが出れば、大量点への繋がる。
高校野球経験者の多い父親達は、ランナー2塁ではヒットを狙わさせた。
だが、中学校野球。
そうそうヒットは出ない。
しかも、仮にヒットが出ても、高校野球ほど外野手は後ろを守っていない。
2塁ランナーが本塁に返ってくるのは、簡単ではない、
ランナー2塁からヒット1本で1点、とはなかなかならない。
野球部経験者の父親達が作り上げたチームに、中学校野球部の顧問6年目の私。
これが、見事にハマった。
連戦連勝。
夏休みの最初の大会、そして秋の大会で、連続優勝。
父親達からは
「勝ち運がついてる」
と私は言われた。
私にとっては、
「中学校野球の定石通りの采配をしているだけ」
であった。
秋の終わりに春の都道府県大会の出場をかけたトーナメントが開催された。
それまでの大会で結果を残している4校でのトーナメント。
それまで、連戦連勝の本校は1戦目に勝利をし、都道府県大会の出場権をかけた決勝へと、駒を進めた。
決勝戦は都道府県大会出場の常連校。
我が学校は勝てば、もちろん初出場。
そもそも、公式戦1勝もしていなかった学校が、新チーム結成以降、負けなしだ。
私の采配は見事に当たりまくっていた。
ただ、この決勝戦の相手校も完成度の高いチーム。
簡単に勝てる相手ではない。
今回、都道府県大会に出場すれば、3年連続となる。
決勝戦は息の詰まる展開となった。
5回までで、我が校は1点リード。
試合の流れは相手校ではあったが、またも采配がハマり、1点ではあるがリードしていた。
そして、6回、最大のピンチを迎えた。
押されながらも最小失点で抑えてきたエースがつかまった。
ワンアウト一、三塁。
中学校野球での、大量点のシチュエーション。
1点差であるから、大量点は必要ない。
最低1点で同点、出来れば2点とって逆転して、最終回を抑えて勝利。
相手校の3年連続の都道府県大会出場が現実味を帯びてきた。
このピンチで、私はマウンドに向かった。
その時、私に迷いはなかった。
「一塁ランナーが盗塁する。普通は2塁には投げない。三塁ランナーが本塁を狙うからだ。」
だが、勝負どころと見た私は、もう1つ指示をした。
「キャッチャーは2塁には投げろ。盗塁を刺すようなボールを」
選手達は驚いた。
2塁に投げると、三塁ランナーが本塁を狙う危険性がある。
1点差だ。
それだけは、避けたい。
私は続けた。
「そのボールを見て、三塁ランナーは本塁に走り始めるはずだ。相手は強豪校。抜かりなく隙を狙ってる。
だから、だ。そのボールをピッチャーがカットして、すぐに三塁に投げろ!三塁手はそれを待つのだ」
私は、無欲だった。
「勝ちたい」
もちろん、そう思ってはいた。
ただ、まずは、このピンチを切り抜ける、それだけを考えての指示だった。
試合が再開した。
予想通り、一塁ランナーが走った。
キャッチャーが2塁には投げた。
いつもの盗塁を刺すための送球。
いや、いつもよりは、やや低かった。
それに気づくのは、我が校の選手だけ。
三塁ランナーは本塁を狙って、走り出した。
そして…我が校のエースは、キャッチャーの送球をカットして、次の瞬間、迷わず三塁へ投げた。
キャッチャーもエースも、渾身の力を込めた送球だった。
待ち構えていた我が校の三塁手のグラブに送球がおさまった。
慌てた三塁ランナーは、本塁に進むことも、三塁に進むことも出来ずタッチアウト。
最大のピンチをしのぎ、後続を打ち取る。
我が校は1点リードしたまま、試合終了。
これまで、公式戦未勝利の我が校は、無傷の公式戦11連勝で、都道府県大会の切符を手にした。
「子どもが変わった」〜私の学級経営〜
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